夏休みに梅田のおばちゃんの家に預けられ、そのまま小阪に帰らず二回ぐらい
何故か箕面の料理旅館に預けられた。
母が出た日から私は子供ジプシーとなった。
今 そこがどうなっているのか全く分からないが駅からはずいぶんと歩かなければ
ならなかった。行く時は父と途中までタクシーに乗ったように思う、その先は歩きで
そこから滝のある所までは3分の1位はまだあるような奥の方だ。
父と旅館の主人とが知り合いと言う事だったがどんな繋がりがあったとか私には
分かるはずはなく、ただ変な所に連れて来られたものだと感じただけだった。
わくわくとか、どきどきとか、梅田のような感覚にはならなかった。
川の流れが割合に速く、夜になると音がうるさく、怖くて眠れなかった。
旅館に行くには小さな橋を渡るようになっている、一軒づつ橋が渡っているのである。
対岸は観光の人が滝の方に登っていく。山の中だし川の側だからとても涼しかった。
梅田の臭さも蒸し暑さもないが子供には何も 面白くない所だった。
おじさんとおばさんと確か姪御さんでよしこさんという名前だったかと思う三人で、
朝からずっと忙しく働いていた。私はまた一人遊びだ。
全く知らない人の所に父はよく私を預けたものだと、その部分だけ不安にした。
ひょっとしてこのまま迎えに来ないのではないか、このまま大きくなったらここで
働かせられるのではないかとか、子供なりにいろいろ考たものなのだ。
しかし何日かすると 父も夜帰って来て、次の日に一緒に小阪に帰ることが出来た。
滞在は4,5日だったと思うがその間は非常に長く感じたし、気も使ったのか疲れてた。
料理旅館だといっても特別に美味しいものを食べた記憶もないし、綺麗な庭は子供には
何にも出来ない所、見せるための庭だから遊んではいけない所、庭が見える広い部屋は
お客さんが料理を食べる所だから余り汚せないからウロウロしても行けない、何も面白くない。
ある朝、お客さんが朝ご飯を食べるために下の座敷に居た。でっぷりと太った人で、
口がとても大きく唇は分厚くくガマ蛙>にそっくりで、ふすまの所からそうっ~と見ていると、
ガマさんが手招きして「お嬢ちゃん こっちにおいで、ここの子?」「いえいえ 知り合いの子
ですねん。ちょっと預かってますねん」とおじさんが答えた。ガマさんの横にいつの間にか
若い綺麗なおねえさんが笑って座っていた。(この人の娘さんにしたら綺麗やなあ~)と
思っていたら「これ、運んで」と、手伝いを頼まれる。ガマさんのことも気になっていたので
座敷に入ってみると、縁側のような所でガマさんと綺麗な姉さんが楽しそうに話をしている。
「がははは~~~」とガマさんはうれしそうに笑っている。<がははは~~>はガマさんに
ぴったりの笑い方だと納得した。顔を見ると大きな口を開けているのだが金歯が2本程キラリと
光っている、それもガマさんらしいと思ったがその時、変なものが目に付く、前歯に赤い何かが
ついている、赤い口紅のようなのがついている。
(このおっちゃんは口紅をつけるのか?変?気持ち悪る~)と思いそそくさとその場を離れた。
どんなに長い年月が経ったとしても絶対に忘れることが出来ない顔だった。
梅田で会ったとしても(あのおっちゃんや!)と分かる。
長い間あの大きな口と顔と<がははははh~>の笑いと赤い口紅のようなものは頭から離れず
大きな謎となっていった。
もちろん、充分な大人になってそれがどういうことだったか判明したがそれを思うと料理旅館とは
言え、そんな所に父は幼い私をよくも預けたものだとつくづく考えさせられた。
「オヤジ~ なにすんねん!」