<今日の晩御飯も、魚の粗と大根の炊いたんがのってんのか。菜っ葉とあげの炊いたんと漬物か。
もう、いつもいつも、なんかの炊いたんばっかりや。たまには、百貨店の食堂で食べるような洋食が
食べたいなあ。無理やわな、このおばあちゃんに、そんなん作れるわけ無いし。
あ~あ、梅田のおばちゃんとこやったら、百貨店の食堂に連れて行って貰えるのになあ。>
一人用の箱膳の上を眺めて、ため息をつく小学生、他の人が見ていたら何とも不思議な姿と写ったろう。
箱膳も、その頃には不似合いな感じだが、いつも使っていたし、ご飯が済むと箱膳を綺麗にふき取らないと
おばあちゃんの小言があった。 父が帰ってくる日は、少し違ったが、父だけが特別な物だったりする。
景気が良い時の日曜日に、父が居ると、時折、すき焼きをしてくれる。そんなのは滅多になかった。
もう、魚の目や口を見るのも、おぞましいくらいになっていた。
「今日は洋食にしょうか?」と、おばあちゃんが言う日がある。おばあちゃんの洋食とは、コロッケである。
間違いはない、確かに洋食だ。お金を預かり、コロッケを買いに行くのは私の係りだった。
市場の角にある、お肉屋さん!揚げたてのコロッケは、臭いだけでお腹がクウと鳴る。
次から次へと、コロッケを揚げているお肉屋さんの前は、いつも行列が出来ていた。人気があった。
一度だけ、持って帰るまでに、ズルをして食べてしまったことがある。きっと叱られるのは分かっていたのに、
食欲をそそる臭いに負けてしまった。一度やりたかったから、食べている時は幸せ気分だったが食べ終わると
すぐに、後悔の念に潰されそうだった。<なんと言おうか>と悩んだ末に考えたのは、こけて落した事にした。
どきどきしながら、「こけて落したから、私の分一ついらない」と、シュンとしながら言い訳をしたが、ばれていた。
口をもぐもぐしながら、おばあちゃんは、何も言わなかったが、ばれていた。なんとなく、それは分かった。
おばあちゃんは何か言いたい時、口をもぐもぐする。入れ歯がきっと、合わないのだが、言いたいことが、
はっきり出ないのだ。時々、入れ歯が半分ぐらい口から飛び出しそうになったりして、それはそれは怖かった。
まぁ、そんなに怒られることもなく、事は済んだ。心苦しかったがあのコロッケの味が一番だった気がする。
その後、5年生になった時、家庭科でカレーを作った。それを家ですぐに作ってみたら、おじいちゃんが、
気に入ったのか、「今日は洋食にしょうか?」と言って私のカレーを楽しみにして、材料費を渡された。
カレー粉と小麦粉をマメに炒って作る。今のようにルーはなかった。学校で習った通りに作った。
小学5年の女の子が作るカレーを、おじいちゃんとおばあちゃんが、美味しいと言って食べていたが、
最高の洋食の日だったのだろうか?本当に美味しかったのだろうか?
<洋食にしょうか?>のひびきは、私には料理の第一歩だった。