ののが綴る徒然日記
懐かしい風景や陶芸・演劇等を綴っています
2014/5/30 幼き頃から
上野・浅草。国際劇場の踊り子さんたち。画期的だったのだ。
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小学生の頃、どんな小さな町にも、1軒や2軒は、映画館があった。最大の娯楽が映画だった。 子供向けの映画は年に1本ぐらいしかなかったが、...
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世界遺産になった富士山・その頃はそんなに騒いでない。
クラスで、なんでも、持ち得た男の子が、市川で、女の子はAさんだった。 背は男の子をも、抜いていて、すらっとしているし、目が黒々として、眉毛...
近畿三市共通のしおり。ふるさとをあとにとは、 いかにも時代を感じる。
祖母が、夏休みになると、私などの事を持て余し、しんどかったのもあり、 よく親戚の梅田の家に預けられたりした。 梅田は、私が日ごろ...
母の写真を2回程公開しているが母の事を皆が美しいと言ってくれる。 娘の私が言うのも変だがやはり美しいと思う。娘時代には映画会社からも誘...
相変わらず2階の窓は、私の居場所。飽きる事は、ない世界!今日もパチンコ屋がまぶしい! そこへ、来たのは紙芝居!夜に紙芝居が来るのだ。パチン...
おやじ達が家を出るまで、兄も姉も 頭を洗わない不思議なスミちゃんも、 居なくなり、父とA子さん私の3人でのつかの間の生活があった。 中学...
箕面には、次の年の夏休み、梅田から従妹も誘って行く事になった。 父は、二人だと退屈しないで居れるだろうと、考えたのかも知れないが、従妹は、...
昔、店をしていた頃、お客の常連とスタッフで、雑誌を発行していた。 『夏休みの友』というのだ。殆ど仲間内での雑誌だったが・・。 中心になっ...
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