引っ越した家での生活が少し落ち着き出し、新しい中学校では卓球クラブに入った。
なんだかんだと意地悪されていた姉なのに、姉のする後を追いかけ卓球部も選んだ。
その頃の親父というと、もう毎日が浮かれているのが手に取って分かる。
その訳は、引越しする前から分かっていた事だったが、紛れもなく現実味を帯びて来ていた。
2階の階段に小さな踊り場を作り、玄関に通じる側と、廊下に通じる側とに改造された。
そうする事で、階下の部屋を通らずにお風呂やトイレに行く事が出来る。
私などは、まだ、何故そんな階段にするのかは分からなかったが、姉は何かが変るたびに
「ふん!」と無言のまま鼻で笑っていた。そうする姉の横顔には、凄みがあった。
そんな姉を見ていると何が起こってくるかが察しがつくのだ。2階は、姉と私とスミちゃんとがいる。
まあ、お互いの領域を壊すことなく過ごすように工夫したのだと思う。
もうすぐお正月が来る頃だったろうか、玄関に、あの写真の綺麗なお姉さんが、女優とか、モデルとかしか
着ていないような凄い毛皮のコートを着て、にこやかだがある種、複雑な緊張した顔で立っていた。
その人は本当に美しかった。あまりの美しさに圧倒された。
自分がどんな行動をしたか覚えていない。ただ、毛皮のコートの凄さと美しさが目に焼きついた。
<綺麗な人や、やっぱり親父は面食いや!そりゃ、箕面のよしこさんを相手にしないはずや!ひど!」
少し落ち着いてから、父が紹介をしだした。「今日からここで、一緒に暮らすAさんや。よろしくな。
こっちが姉のS子で、こっちが下のM子、仲ようにしてや!ははは・・・」こんな調子であっさりと紹介は終った。
福岡、博多から来たこと、4人姉妹の長女、ミス福岡にも選ばれたことがあるとの事。
<やっぱり、綺麗なはずや!でも、何でこんな若くて、綺麗な人が親父みたいなおっさんとこに来たんやろ?>
姉曰く、「お金や!あの毛皮のコート!見たやろ!親父が買ってやってんや!
何処かの会社の社長の秘書をしていたらしいで。その社長に、紹介されたんやて。お金でもないと、
そんな人が親父みたいなところに来るかいな!こんな大きな子どもいるところに普通来るか!」
鋭い目で、鋭い言葉を2階に上がるなり吐いていた。
さすがであると感心していたが、何故兄の存在を言わないのだろう?と、新たな疑問が沸いて来た。
不思議でならなかった。兄にも父からは再婚の話をしていないようだった。
何日かして、Aさんも、腑に落ちない事があったのか、こんな事を聞いて来た。
「あの~、お父さんの年は、本当は幾つ?」「えっ!知らないの?50歳と思うけど?」
「ええ~~私にはもっと若く言っていた。あなた達に会って大きいからオカシかあ~~って!」
「で、Aさんは幾つなん?」「私は24歳!知らなかったと。ひどか~!」
始めて聞く博多弁、綺麗で可愛い言葉と思って聞き入ってしまう。内容は本当は大変なことなのに。
実際の私は<もっと、博多弁喋って、ずっと、聞いていたいわ。>と、こんな事を考えていた。
少し顔を見ると青ざめていたように見えた。「はっきり知らないで、来はったん?」その事の方が、私には
不思議でならなかった。その後、おやじとの間でどんな話をしたのかは、知らなかった。
ただ、ある日突然、姉が高校が遠いと言う理由で、祖母たちのいる小阪で下宿をすると家を出て行った。
姉とAさんとは、7歳位しか違わなかった。父は姉の気ままを受け入れざるを得なかった。
高校生が親に、お金を出して貰って、下宿する子はその頃何処にもいない。
姉は、何事でも自分の思った様にしていく威厳のような物を持ち得ていた。
どこかで姉を頼りにしていた私は、心細くなると同時に、居心地の悪い生活が、始まって行く。
私よりAさんは、お手伝いのスミちゃんと仲が良くなっていった。
父にお客がお祝いとか称して、何人かが来だすが、そんな時も2階で一人で過ごす私。
階下で、「Iはん、ほんま羨ましいですわ!こんな綺麗で若い奥さん貰わはって!ほんまに!凄いわ!」
「はははは・・・・そうでっか!ははは・・ A子、お酒持って来てや!ははは・・・」
<なんか!気持ち悪る!あの箕面で見たガマのおっちゃんと親父がダブル!いややあ~~>
布団を頭からかぶって寝るしかなかった。姉は私に、一言も何も言わずに出て行ってしまった。
散々な意地悪をされていた姉なのに、捨てられたようで父の再婚よりもそれが一番応えていた。