ののが綴る徒然日記
懐かしい風景や陶芸・演劇等を綴っています
2014/5/26 2014/6/12 幼き頃から
さてさて、昭和35年頃の東京へご案内。
いろいろ思い出す人もあるかも。
きぼうと言う列車に乗って、いざ、東京へ!
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預けられていた叔母の家には、木で出来た長い塀があった。まるでサザエさんの家のような塀だ。 入り口をはいると木の塀に沿って庭になってる。玄関...
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相変わらず2階の窓は、私の居場所。飽きる事は、ない世界!今日もパチンコ屋がまぶしい! そこへ、来たのは紙芝居!夜に紙芝居が来るのだ。パチン...
おやじ達が家を出るまで、兄も姉も 頭を洗わない不思議なスミちゃんも、 居なくなり、父とA子さん私の3人でのつかの間の生活があった。 中学...
「うぉ~~ん、、うぇ~~ん、ぐぉ~~ん」すごい、悲鳴か、泣き声か、うなり声が山から響いてくる。 外はもうすっかり夜、真っ暗、 何? あっ、...
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いろんな事が起こったその年は、私はまだ小学校1年生の終わりであった。 今、我が家に同じ一年生と下の娘の方にも一人いるが、皆、屈託なく過...
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