台風の季節が来ると思い出すのは、ジェーン台風で、父が呑気に風呂を炊き
煙突が吹っ飛んで危うく火事になりかけた事と、もう一つ、第二室戸台風だ。
その日は姉も会社が休みになっていた。
台風が来るのは分かっていたが、今のように情報があるわけでもなく、
おばあちゃん達が何時も聞いているラジオだけで、私達は、どんな状態であるかも
余り知らずにのんびりとしていた。
姉と私は休みだから、ゆっくりと朝寝をし、台風への備えを何もしていなかった。
少し雨と風が強くなって来たぐらいでいたのだが、ちょっと変だな?と、
二人とも感じて、とりあえずおばあちゃんとおじいちゃんを私達の部屋に行かせた。
表戸の建て付けは古いので、強い風が来ると、今にも飛んで行きそうだった。
二人は朝起きて、その頃で言う<シミーズ>と言う下着のままだったので、
部屋にもどり着替えに行こうとしたその時、それはそれは、突然に突風が吹き荒れだし、
台所の窓が何かが飛んで来たのか、急に割れ、凄い風が家の中を、かき回すように、
吹いてきたのだ。
驚いたのは割れたガラスが、2~3メートル離れた部屋の畳に、まるで忍者の手裏剣のように、
シュシュシュと、音を立て突き刺さるのだ。
着替える暇もなく、ただただ、驚いているだけだったが、とうとう、表の戸がどこかに
飛ばされた。またまた酷い風が部屋中をかき回していくようだった。
家の上がり口の二畳ほどの部屋の畳を、飛んでいった戸のところに姉と二人で立てかけ、
畳を背に、手をいっぱいに広げて体で支えた。何度も何度も畳ごと吹き飛ばされそうに
なっている所に、ふらふらとおばあちゃんが奥の部屋から出て来て、
手裏剣のようにガラスが刺さっている所にのんびりと来る。
「おばあちゃん、あかん!こっちに来たら!あかん!」と、二人で大声で叫ぶ。
と、おばあちゃんは「タバコ盆をとりに来たんや」と、タバコ盆をさげて、取りあえず無事に
部屋に戻って行った。キセルというのできざみタバコを吸ってふかし、最後にポンって粋にキセルを
盆のところの筒に、叩き落す様は、なんだか映画のシーンのようだった。こんな時に危険を顧みず
タバコ盆を取りに来るその行動には、いやはや明治の女のなせる業か!
私達二人は、どれくらいの時間、畳を支えてそのようにしていたか分からない。
手もしびれ、雨で身体もびしょびしょだった。怖かったのは風が天上をそのまま、吹き上げて行く。
何度も何度も弓なりに天上が噴き揚がるのだ。その時の音がなんとも言えない不気味な音だった。
芝居などで効果音を、いろいろ聴いたが、現実の音はもっと違う気がする。怖さが重なって居たからか?
今思うと、6軒長屋だったから飛ばされずに済んだのかも知れない。
もう、殆ど力もなく、限界に近い状態だった。もうこれ以上だめだと思った時!
いきなり表から「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」と、男の人の声!
あ~~助けが来てくれた、助かった!やっと畳を外せる。と、へたへたと二人は座り込んでしまった。
男の人たちが「表から手が見えたから・・」と台所から入って来られた。
若い男性二人。消防団の人。
そこで、気付く二人 <あ~~~なんと言う姿をしているのか!私達は!>
そうです、下着姿のまま、それも雨でぬれて、すべて身体にへばりついて露な格好!
しかし時はすでに遅し!もう隠れる所も隠す布を取りに行く事も出来ない。
だって、畳には無数のガラスの手裏剣が刺さって動けないのだから。
恥ずかしくて、二人の消防隊員を見ることは出来なかったが、向こうはきっちり見ていたはず!
女子高生、ピチピチの!一番恥ずかしい年頃!姉も二十歳の頃のピチピチで!
こうして一番怖くて、恐ろしくて、恥ずかしい台風!は、何事もなかったように静かに去って行った。
その名は、<第二室戸台風!> わすれはしまいぞ!