何をすれば・・・どうすれば・・

何をすれば・・・どうすれば・・・の想いばかりで・・何も出来ていない。

神戸の時も、家を失ったお年寄りが、一緒に炊き出しを手伝われていた。

「何かしていないと、落ち着かない。戦争を経験しているから、強いです」と

言われていたのを、思い出す。

今回も被難場所で子供たちが、おにぎりを配るのを手伝ったりしていた。

強奪や混乱を起こさず、きちんと並んでコンビニで食料を買う日本人は、世界一、

秩序のある国民と、世界に発信されている。本当に今出来る事をやっていこうと、しかし、

何をすれば・・・と皆、同じ想いでいる。そんな時 一人の友人からメールが来た。

少し 元気が出た。 了解を得て紹介させて貰います。一部ですが・・・

ーーーーーーーーM氏からの手紙ーーーーー

すでに のんきな手紙でしかないかもですが、と 前置きされ・・・

    どうすればいいのでしょう

圧倒的な自然の猛威の前で、人間はあまりにも小さい事を思い知る日々です。

それは、たとへ災害であろうとなかろうと、全く変わらない真実でした。自らの思い上がりから

生き残った者、私達を含めて、今生きている人間は「生かされた」ものなのです。死んで行った人

たちの魂は生き残った者に託されています。

生き残った者にはそのような使命が与えられいると理解しなくてはならないと思うのです。

被災地にあって、人間の生命力と自立性・自律性に目を見張ります。私達も、自らの内なる自立性・

自律性を、あらためて目覚めさせなければと思う。

今生きているいる者は、よきものを食べ、よき活動をして行かなくてはならない。力強く生きていかねば

ならないと思うのです。

 一方では 戦争や原発は自然災害ではないのです。人間が省み、同じ過ちを繰り返さないための

記憶は散々あるはずです。

問題の根源は見えてくるでしょう。今、まさに見えつつある。誰が何のために嘘をついたり、騙したり

しているのか誰の目にも明らかになろうとしている。

そのために人間は何時も大きな(大き過ぎる)犠牲を払っていますが、その事を忘れたり無視したり

してはいけないのです。

そして、それは何か(だれか)にコントロールされ易い。何かのコントロールから逃れ過ちを修正する

方向を模索していかなくてはならない。

今起こっている原発の事態は、決して自然災害ではありません。これはほとんど戦争に等しい。

戦時に国家は決して真実を明らかにしません。

人々が真実に近づく手段は、以前とは比較にならないほど多くなっていると思います。

人間が自然に沿った存在に還って行けたなら、人間には本来の安らぎが与えられるでしょう。

「自分が生かされている事」について謙虚にならなくてはいけないと思います。

    私如きが、エラソウのことを云うて申し訳ありません。悲痛と怒りの中で身悶えするばかりの

自分自身に対する「激」でしかありません。

とにかく お互いにしっかりゴハンを食べましょう。

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いろいろと、考えさせられました。歯がゆい思いばかりでしたが、しっかり食べて、出来る事を

少しでも考えて行きたい。私達、日本人は本当に優しいと,国民性だと被災地の人々を観て

感じています。朝のニュースで、子供達が新聞紙で鶴を折っていたのが、目に残っています。

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