今回の、ののが綴る徒然日記テーマ

腹立たしい事ばかり

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  14日のニュースはもう腹立たしい事ばかりだから、観なかったが、予測出来ていた国民が、

  どんなに多かったか。日本だけでは無いにしろこんなにも、政治家は自分達のことばかりで、

  国民のことを考えてない人ばかり集まったものだ。フランスのあのデモの模様を送られて、

  余計に考えてしまう。民主の代表なんて国民にとってどうでも良いこと、もっとやるべき事が

  あると思う。時間も金も税金を使ってやっているのだから。

  年金生活に入り、ますます感じるのは 何時まで働かなければ行けないのか?

  フランスの67歳?までなんて言われないぐらい働かなくてはいけない、国民年金なのだ。

  最高年数を賭けていても月に3万とか4万とか それでどうして生活しろというのだろうか?

  持病をかかえながらも、週1~2回働いているのでその分で医療費が払えている。

  店をやっている頃に予測もしなかった安易な自分もあり、反省しなければならないのだが、

  年寄りの現状が酷いのではないだろうか?年齢を重ねるともうすぐ仕事も出来なくなるだろうし、

  医療費は高いし、体は病院通いが多くなるだろうし、このままでは老人は自ら弱り医者にも、

  かからないで死ぬしかない日本が見えてしまう。

  久々に出会う友人との会話は年金か、病気かの話、寂しくなる。先に楽しくなる希望を持てる、

  話が出来ない。若い頃だけなのだろうか。本当に情けない状況だ。

  今日は珍しく愚痴の日になった。テレビを朝から観たせいでもある。

   今、竜馬に夢中ですが、この状態は竜馬のような人間が出てこないと大改革が興られないらしい。

  竜馬さ~ん 酷いことになっていますよ~~~。

  出てきて助けて~~。 少しぐらい不細工でもいいから~~。福山君でなくていいから~~~。


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フランスの友人より

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 今日、友人よりフランスからメールが来ていて「おっ!」って感じでした。

 友人は 私の19才からのボーイフレンドです。と私は思っているのですが。

 K氏ですが時々フランスに滞在していて いろんなニュースを発信して来て

 貰えています。今回はとても関心を持ちましたので紹介します。

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フランス事情

 定年延長問題の国会審議に連動して昨9月7日、フランス全土で定年延長反対の

 ストライキとデモがありました。デモは全国で220万人の予想を越える参加者、

 新幹線は5分の2運行、地方線も半分運行中止でした。

 フランスの定年は現在60歳で、欧州では一番早いのです。

 政府の案では、62歳まで引き上げ、年金の満額支給も65歳から67歳に延ばされる

 ことになります。

 新聞「20ミニュット」などの世論調査によると、年金改革は必要だという意見が多数ですが

 政府案には63%が反対しています。7日行動には73%という高率ですが、政府は財政難を

 理由に定年延長を強行する方針です。

  中部の都市、リヨンのでもに参加しました。途中激しい雨がふり、前方が見えない状況でしたが、

 デモ参加者は最後まで元気よく、目抜き通りを35000人が行進しました。

   いくつかのスローガンを紹介しましょう。

 「若者に職を、老人に庭仕事を、!」「サルコジは年金泥棒だ」「年寄りに失業させるの?63,65,70歳

 まで?」「金持ちの分担で雇用、賃金、年金を!」「資本主義に定年退職を!」

 新聞メトロによると、女性の平均年金は男性の62%と低く反差別団体の女性は、「多くの女は67歳まで

 働かなければならなくなる」として政府の年金改革に強く反対しています。

  ところで夜のテレビニュースを見ると、公共放送、民間放送とも、デモがトップニュースで時間も長く

 ストライキの様子、国会論議の順番で放送していました。日本のテレビでは、国会か、ストがトップで、

 デモは一番最後になるのが普通でしょう。 

 外国のメディアと比較すると、日本のは官重視、大衆行動軽視の姿勢がよく分かります。

     リヨンの大通りは人の波で埋まった。                                                                                 

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  友人からのこの写真をみて今日本で行われている政府の茶番劇に我々が踊らされている。

 こんな風にデモが出来なくなった日本はどこに行くのかと考えさせられます。

 

 


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幼き頃・・・19・・・箕面 (その1)料理旅館の謎!

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夏休みに梅田のおばちゃんの家に預けられ、そのまま小阪に帰らず二回ぐらい

何故か箕面の料理旅館に預けられた。

母が出た日から私は子供ジプシーとなった。

今 そこがどうなっているのか全く分からないが駅からはずいぶんと歩かなければ

ならなかった。行く時は父と途中までタクシーに乗ったように思う、その先は歩きで

そこから滝のある所までは3分の1位はまだあるような奥の方だ。

父と旅館の主人とが知り合いと言う事だったがどんな繋がりがあったとか私には

分かるはずはなく、ただ変な所に連れて来られたものだと感じただけだった。

わくわくとか、どきどきとか、梅田のような感覚にはならなかった。

川の流れが割合に速く、夜になると音がうるさく、怖くて眠れなかった。

旅館に行くには小さな橋を渡るようになっている、一軒づつ橋が渡っているのである。

対岸は観光の人が滝の方に登っていく。山の中だし川の側だからとても涼しかった。

梅田の臭さも蒸し暑さもないが子供には何も 面白くない所だった。

おじさんとおばさんと確か姪御さんでよしこさんという名前だったかと思う三人で、

朝からずっと忙しく働いていた。私はまた一人遊びだ。

全く知らない人の所に父はよく私を預けたものだと、その部分だけ不安にした。

ひょっとしてこのまま迎えに来ないのではないか、このまま大きくなったらここで

働かせられるのではないかとか、子供なりにいろいろ考たものなのだ。

しかし何日かすると 父も夜帰って来て、次の日に一緒に小阪に帰ることが出来た。

滞在は4,5日だったと思うがその間は非常に長く感じたし、気も使ったのか疲れてた。

料理旅館だといっても特別に美味しいものを食べた記憶もないし、綺麗な庭は子供には

何にも出来ない所、見せるための庭だから遊んではいけない所、庭が見える広い部屋は

お客さんが料理を食べる所だから余り汚せないからウロウロしても行けない、何も面白くない。

ある朝、お客さんが朝ご飯を食べるために下の座敷に居た。でっぷりと太った人で、

口がとても大きく唇は分厚くくガマ蛙>にそっくりで、ふすまの所からそうっ~と見ていると、

ガマさんが手招きして「お嬢ちゃん こっちにおいで、ここの子?」「いえいえ 知り合いの子

ですねん。ちょっと預かってますねん」とおじさんが答えた。ガマさんの横にいつの間にか

若い綺麗なおねえさんが笑って座っていた。(この人の娘さんにしたら綺麗やなあ~)と

思っていたら「これ、運んで」と、手伝いを頼まれる。ガマさんのことも気になっていたので

座敷に入ってみると、縁側のような所でガマさんと綺麗な姉さんが楽しそうに話をしている。

「がははは~~~」とガマさんはうれしそうに笑っている。<がははは~~>はガマさんに

ぴったりの笑い方だと納得した。顔を見ると大きな口を開けているのだが金歯が2本程キラリと

光っている、それもガマさんらしいと思ったがその時、変なものが目に付く、前歯に赤い何かが

ついている、赤い口紅のようなのがついている。

(このおっちゃんは口紅をつけるのか?変?気持ち悪る~)と思いそそくさとその場を離れた。

どんなに長い年月が経ったとしても絶対に忘れることが出来ない顔だった。

梅田で会ったとしても(あのおっちゃんや!)と分かる。

長い間あの大きな口と顔と<がははははh~>の笑いと赤い口紅のようなものは頭から離れず

大きな謎となっていった。

もちろん、充分な大人になってそれがどういうことだったか判明したがそれを思うと料理旅館とは

言え、そんな所に父は幼い私をよくも預けたものだとつくづく考えさせられた。

「オヤジ~ なにすんねん!」


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ぼくは馬鹿なのか?

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 こんなに暑い夏は何十年ぶりだとか

 皆騒いでいるがぼくは始めての夏だから分からないが

 ミル母はやせて弱っているのは確かだ。

 ぼくもぐったりなったりするが いたづらは大好きだから止められない。

 それで家人たちからは <もう馬鹿猫!>とか叫ばれている。

 新しいカバンとか靴とかにおしっこをかけて皆を怒らせてしまったのだ。

 それ以来 <馬鹿猫!>と言われてしまう。本当はもう少し構って欲しいのだ。

 この気持ちを分かってほしいなあ~。少し良い子になるから・・・・。

やせているミルかあさん



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鳥つくねの甘酢あんかけ

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untitled材料

鳥ミンチ     200グラム

卵         1

人参       3分の一本

玉葱       半玉

シイタケ     1~2枚

ピーマン     1~2個

ねぎ       少々

醤油         大匙1~2

ごま油 酒  砂糖  みりん  酢 片栗

しょうが 少々

 

作り方

鳥ミンチに 卵 ねぎ しょうが 醤油 酒 片栗を入れ

よく混ぜてからそのまま きつね色になるまで揚げる。

野菜は大きめの千切りにする。野菜をごま油でいため

その中につくねをいれ、醤油 酒 砂糖 みりん 酢を入れる。

最後に解き片栗粉を入れる。酢豚の鳥つくね風です。


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イカの塩辛

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イカの塩辛

以前に友達3人でやっていたパーティー料理業の時に

kさんの得意料理で担当してもらっていた一品 。

その日か次の日までに食べる新鮮塩辛です。

材料

するめいか   1ぱい

塩       大匙2~3

ゆず      少々

 

作り方

イカは真っ黒な新鮮なものを選ぶ。

イカの薄皮ははぐ、ワタをだし被るぐらいの塩をかける。

イカも切り同じように塩を振っておく。

そのまま1時間ぐらい冷蔵庫で置いてから水洗いをする。

ワタの中身を出しイカとあわせる。

ゆずを薄切りにしてのせる。さっぱりとして食が進む。


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幼き頃・・・18・・母が出た日

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小学校2年の時に高槻から小阪に来て夏休みも過ぎ、やっと新しい学校にも慣れ

友達も出来、運動会の準備が始まりだした。運動会では「めだかの学校」を踊るのだ。

学校から帰ると母が暑い中、布団の綿を入れ替えている。その側で踊って見せていた。

その頃は布団は綿を打ち直しに出し、柔らかくなった綿を布団に入れる。

一人でする作業としては大変で、たいがいは誰かとするのだが仲が悪かった祖母とは

一緒にしているのを見た事がなかった。布団の布の部分を裏返しにしてその上に綿を

均等に置いて行く。四角い布の周りをあっちに行ったりこっちに来たりして綿を置いて行く。

その後誰かと端を持って引っ張り合いをしなければならない。小さい私でも力は無くても

少し持つことは出来たので手伝いの真似事していた。母は余り何も出来ない人だったのに

布団の入れ替えはよくしていた。家事が苦手の中で唯一得意な仕事だったのかもしれない。

頭に日本手拭で<姉さん被り>をしていかにも良く働く主婦のように見えた。母のその姿は好き

だった。その側で「めだかの学校は池の中~そうっとのぞいてみてごらん~」と踊っていた。

二人一組になって踊るのだがそれも説明しながら踊るのを母はニコニコして見ていた。

その夜にあんな事が起こるとは何も知らなかった。

夜中だったか朝早くだったか定かでないが母に起こされ気が付いたらタクシーに

乗せられウロウロしていた。その時、母が「このまま おかあちゃんと何処かに行くか?」と

聞かれて何のことか分からず、少し考えて「でも、また、新しく友達作らなあかんやん」と

言ったのだけ覚えている。

また気がつくと家に着いていて家の中は父や親戚やら集まり大騒動になっていた。

朝ごはんを急いで食べさせられ「早よ 学校に行き!」と言われ、なんか不安だったのに

そのまま学校に行かされた。その日、学校から家に帰ると母の桐の箪笥がなくなっていて

母もいなくなっていた。あのまま、母と私は死ぬのではないかと父や祖母や親戚が集まり

騒ぎとなっていたらしい。母が戻った理由は私の「又友達つくらなあかん」との一言らしかった。

母は家を出る気でいたから、気になる布団の綿を入れ替えていたのだろうか?

私の踊りを見せてと言っていたのはもう見れないと分かっていたからだろうか?

私だけを連れて行こうとしたのはまだ母を必要とする年齢で気になっていたからだろうか?

なんとなく分かっていたような気もしていたのに・・・・。

その日から夕方になると、駅に行き母が大阪から帰ってくるかと遮断機の所で待ち続けた。

チンチンカンカンと遮断機の音を聞きながら大阪から来る電車にほんの少し期待して待った。

母は用事で大阪に行くと何時も夕方に迎えに行っていたから、今回も帰ってくるのでは?と

微かな想いで待っていた。

何日か過ぎたある日、姉が来て「帰えろ!帰るで・・もうおかあちゃんは帰って来ないから!」

「わかっている!電車見てただけや!」姉や皆は私が駅に来ているのを知っていたのだった。

誰もどうすることも出来ず、どう説明することも出来なかったようだった。

「あの家でもうおかあちゃんの事言うたらあんで」「分かってる」以来私は<おかあちゃん>の言葉を

口にしなくなった。でも 運動会は来てくれるのでは?と期待し、そわそわして見渡していたが

母の姿は最後までなかった。

母への記憶は小学校に入る前から布団の綿を入れていた夏の終わりの2年生、それが最後になった。

母が居なくなった次の日に、長い自慢の髪の毛を切られた。

母との決別のように切られたおかっぱ頭の女の子。

遮断機のチンチンカンカンの音と女の子の後ろ姿がはっきり今も出てくる。

不思議だが私がその子を見ていた。

 


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海老つくねの蓮根はさみ揚げ

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untitled        材料

海老          300グラム

蓮根          中 1本

卵            1個

片栗   酒  小麦粉   少々

 

作り方

海老は細かく叩くようにしてつくねにする。

片栗 卵  酒を入れよく混ぜる。

蓮根を薄くきり 海老を挟んで揚げる。

てんぷらのようにして揚げる。

塩だけでも美味しいが カラシ醤油もあう。


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ひじきのサラダ

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untitled材料

生ひじき         一パック

うすあげ         半きれ

にんじん         3分の一本

インゲン         5本ぐらい

卵            1個

醤油   砂糖   マヨネーズ  少々

 

作り方

ひじきは簡単に茹でる。

人参は千切り  あげは醤油 砂糖で軽く味をつける。

いんげんは千切りで茹でる。

卵は金糸卵にする。

材料を合わせ、醬油かポン酢をいれ軽くマヨネーズで混ぜる。


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幼き頃・・・17・・梅田 御堂筋

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夏休みに預けられる家<梅田のおばちゃん>のところは小阪とは別世界の所だった。

でも子供の私には決して楽しい場所ではなく、ただいつもと違う異空間で、見るものや

感じるものが多くあり、不思議なちょっと大人になるような、そんな錯覚に陥る場所だった。

阪神百貨店の裏にあり、御堂筋から1本入った所は繊維、特に毛布類や布団の問屋街で

ごちゃごちゃしていた。道も軒のテントとかが出るととても狭く、昼間に子供が遊べる所では

なかった。叔母の家に出入りするには御堂筋から小さなタバコ屋と靴の修理屋の路地を抜け、

店の横の入り口から入る。正面はパチンコ屋側にあり客が来るから家主の方が気遣うのだ。

トイレも階下にあるため私もトイレに行くのは気を使った。さすが都会でその頃に、<水洗トイレ>

だった。上からチエーンがぶら下がっていてそれを引っ張るタイプで時々流れないときもありトイレは

やや緊張する場所だった。小阪のくさいトイレの方が安心して出来たが夏休みが終わると友達には

自慢げに<水洗トイレ>について説明する嫌な子だった。 「凄いで水でうんこが流れるねんで。

くさくないねんで。紙芝居も夜来るねん。凄いやろ!やっぱり都会は違うわ!」と。

大人がやっと一人通れるぐらいの狭い路地は何時もおしっこの臭いがしていた。

御堂筋からそんな路地が何本もあり、抜けると毛布のなどの問屋街に出る。夜も賑やかだが

昼の問屋街も人が多かった。大人たちの顔はけっして明るくはなく皆何故かしら険しかった。

戦後から何年か経ってやっと食べるものとかはあっても生活するのに厳しい時代だったのだろう。

戦争は人間から笑いや柔らかさをも奪っていたのだと思う。その頃の私はそんな大人をすべて

怪しいと見ていたのかもしれない。夜になると酔っ払いのおっさんたちがおしっこをするし吐くし、

叔母の所のおばあさんが毎朝水を流して掃除をしていたがそれが乾くと二階にまで臭いは

上がって来ていた。

夜は薄暗く路地は電気もついていない、周りの明るさでぼんやりと黒く光っていた。そんな所を

時々大きなねずみが走り回り抜けていく。私が怖がっているねずみは小阪のそれとは比べ者にならない

三倍の大きさはあった。おしっこをするおっさんや、酔っ払いや、怪しいパチンコ屋周辺の大人など

毎日 二階の窓からどきどきしながら見ていた。夏休みは、緊張とわくわく感とが妙に入り混じって

少し大人になって終わって行った。

阪神の裏は今の第4ビル近くで、開発されるまで随分と長い間かかった場所だ。成人して梅田から

淀屋橋付近まで歩いて会社に通勤していたことがある。その頃でもやはり阪神の裏は怪しげな所だった。

夜になると おばちゃんが出てきて「兄ちゃん 良い子いるで」と所謂客引きが多い場所で有名になっていた。

私からすると 昔のパチンコ屋辺りのおばちゃんが職業を変えたように見えたぐらいだ。

叔母たちは早々と立ち退いていて西宮の方に引っ越していた。たぶん 今宝くじが良く当たるとされている

場所に広場があるがあの辺りが叔母の家付近だと思う。綺麗になった阪神の裏だが未だに私はあの頃の

梅田 御堂筋が強烈に重なって見えてくる。

大阪駅前の写真。 丸いカーブの阪神百貨店。この裏がわに、毛布などの繊維街が、あった。

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