新型コロナウイルス禍に戸惑う人々に向け、いかに生きるべきかを歴史学の立場から考察したインターネット上の短いテキストが話題を呼んでいる。京都大人文研准教授の藤原辰史さん(農業史)による「パンデミックを生きる指針」。今月2日に公開され、1週間に30万件超のアクセスがあったという。藤原さんは「危機の時代、それぞれが自分なりに腹をくくる必要がある。生き方を考えるきっかけにしてもらえたのでは」と話す。

岩波新書ホームページ「B面の岩波新書」に掲載された。「必読の文章」「文系の神髄ここにあり」「ものすごい熱量」といったコメントがSNS上で相次ぎ、閲覧数を伸ばしていった。「まさかこんなに反響があるとは。過去の歴史の声に耳を澄ませて『いたこ』のように伝えただけなのに」と本人も驚く反響の大きさ。それもそのはず。「何より強調したかったのは、甘い希望を抱いてはいけない、という暗いメッセージ」なのだから。

1起こりうる事態を冷静に考える

2国に希望を託せるか

3家庭に希望を託せるか

4スペイン風邪と新型コロナウイルス

5スペイン風邪の教訓

6クリオの審判

この内容で書かれています。

全6章、A4判換算で8ページのテキストは「起こりうる事態を冷徹に考える」と題した文章から始まる。人は、甚大な危機に接すると思考の限界に突き当たり、楽観主義にすがって現実逃避してしまう。そんな傾向に注意を促し、歴史学者は「過去に起こった類似の現象を参考にして、人間がすがりたくなる希望を冷徹に選別することを可能にする」とつづる。



うがい、手洗い、食事、睡眠という日常の習慣を「誰もが誰からも奪ってはならない」とつづる。この「あたりまえ」を強調するのは、その権利を奪ってきた歴史があるからだ。「組織内、家庭内での暴力や理不尽な命令に対し、異議申し立てることを自粛させてはならない」と説く。各国の政治家による「われわれは戦争状態にある」「戦時下の大統領」との発言に「こうした言葉はもろ刃の剣。緊急性を高めることのみならず、異論を弾圧することにも極めて効果的な言葉だ」と厳しい目を注ぐ。



「果たして日本はパンデミック後も生き残るに値する国家なのかどうか」。歴史研究の枠を超え、未来に目を向けて言葉を紡ぐ、その決断は「武漢での封鎖の日々を日記につづって公開した作家、方方に触発されたから」と明かす。テキストでは、こんな風に引用している。

「一つの国が文明国家であるかどうか[の]基準は、高層ビルが多いとか、車が疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか(中略)、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」
自らの言葉でこう続ける。「危機以前からコロナウイルスにも匹敵する脅威に、もう嫌になるほどさらされてきた人びとのために、どれほど力を尽くし、パンデミック後も尽くし続ける覚悟があるのか。皆が石を投げる人間に考えもせずに一緒になって石を投げる卑しさを、どこまで抑えることができるのか」
今後ますます、同調圧力が強くなり、「きれいな一つの意見」に集約されていくとみる藤原さんは「指針というタイトルを付けてはいるけれど、誰かに与えられ、命令された指針は簡単に折れてしまう。それぞれが、どうやって生きていくべきかを自分で考え、何が試されているのかを引き受けていくことが大切ではないでしょうか」と語る。