1996年10月 韓国に「ぢらい」の公演に行く。
今の状況は分からないが、その頃の韓国は国全体が、演劇に非常に力を入れていて、
いろんな町の小劇団の為にも、劇場や稽古場なども設置し、協力をしていた。
そうした環境もあり、世界演劇フェスティバルも、何度か開催されていた。
開催地は、何年か前に、一世風靡したドラマ「冬のソナタ」のロケ地
<春川>(チュンチョン市)だった。学生が多く、最も美しい町だと、教えられたが・・。
残念な事に、私達の殆どは、劇場しか見ていない日程だった。
何処でも同じで、公演で行くと周囲に何があったとか、名産はなんだったか、
全く知らずに帰って来る。今、思うと、二度と行けていないので惜しい事をした。
劇中の言葉は自国ので演じるが、あらすじなどは、ハングルと英語に訳されていた。
そのパンフレットも非常にりっぱな物だった。参加した劇団は飛行機代だけを負担する。
いろんな面で優遇されていたが、ホテルはそんなに立派で はなかった。
しかし、24時間ホテルのフロントには、警察が警備しえくれていた。日本人だったからか?
翌朝、バスでアメリカの劇団員を迎えに行って、驚ろかされた。
私達のホテルは、民宿のようなホテルで、アメリカのは、数倍りっぱな高級ホテルだった。
どこで、そんな差別か区別かをするのだろうと、かなりショックを受けた。
なんとなく、芝居を通じて、自然と、仲間意識が出来つつあった。
同じように参加し、演じて、交流する目的なのに、いつでもどこでもアメリカは強いのだろうか?
後ほど聞くとどうやら勘違いで、今回のメインの招待劇団ということだったらしい。
どうにも、いかんせん、ひがみ根性が身についていて・・。
<春川>は、北に近い所にあったので、空港からバスに乗っての移動だった。
北に近づくにつれ、銃を持った兵士が、バスを止め、荷物や車の後ろなど調べる。
それは、日本ではない異様な光景なので、そのたびに妙な緊張と相俟っての好奇心!
同じバスに乗っている韓国の人には、なんでもない日常だったようだ。
そんな味わえない、貴重な経験が、出来たのも「ぢらい」の戯曲のおかげで感謝!。