被災地では こちらが感じているのと、やはり、かなりの違いがあるようだ。
避難場所に居る人には、情報が届くが、家はなんとか持ち、津波がそこだけ避けたような
所だと、個人個人には何の情報も入らずにいる。原発からは20キロギリギリで、90歳の
お父さんを抱え身動きがとれない状態。昨日、その受け入れ先をどうしたら良いかと相談を
受け、いろいろな人からの連絡を貰い転送し、その中から選択し、夕べ 深夜に彼も決意をした。
広島で県営住宅での受け入れ情報があり、娘さんを預けている広島に移動する事に。
なんとか 車は使えるので90歳のお父さんを乗せ移動をしょうとしている。
あちらで受け入れ先を探すことに。 とにかく 高齢のお父さんを抱えての移動だ。
これだけ情報が行き着いているのは、つながっているからで、遮断されると、何も分からなくなるのが
現実だと思う。こうした人がいっぱいいるのだと思う。
広島の受付も連休あけになることに、温度差を感じている
故郷を捨てなにもかも 知らない土地で一からで、決意するのは大変だったと思う。
原発のこともこれから先本当に分からない事だから、もう、二度と帰れないないだろうと。
私達に出来る事は、被災地の人が具体的に何をして欲しいか?それを聞いて少しでも、<出すぎず>に
応えて行く事だと思う。これは神戸の時に学んだことだ。彼の次のSOSを待つ。
みんなの温かさに何度も、感謝だ!と言っていた。素敵な声で。